メガバンクで営業、ネット系事業会社で金融事業開発、外資系コンサルで金融機関コンサル、三社三様で金融に関わり続けている金融マン、Keijiです。
皆さんはこれまで、どんな挫折がありますか?
人は誰でも何かしらの失敗や挫折の経験があるかと思います。
今回は僕の挫折経験に触れながら、その傷を癒してきた方法をご紹介します。
僕のキャリアと挫折の経験
まず僕のキャリは簡単にこんな感じです。
1社目:新卒。メガバンクで法人営業
2社名:ネット系事業会社(メガベンチャーと言われたりもする会社)で事業推進や事業開発
3社目:外資系コンサルで金融機関向けコンサル
周りの方から「順風満帆なキャリアですね」という言葉を掛けていただいたことが何度かあります。
確かに就職、転職では様々な人とのありがたいご縁もあり、納得のいく進路を歩めていますが、就職するまでは失敗、挫折だらけでした。中でも、高校受験と大学受験という2度の受験においては辛酸をなめ続け、第一志望合格という達成感を味わえたことがありません(1年浪人しているので、正確には2度ではなく3度の受験です)

挫折の経験その1 高校受験
高校受験では、必死のパッチで勉強して、本来の実力を出せばギリギリ合格できるぐらいの水準でした。
ところが試験当日、試験が始まった途端に襲い掛かってくる猛烈な尿意。普段からトイレが近い方なのですが、極度の緊張と当日朝に飲んだエナジードリンクのカフェインによる利尿作用が相まって、荒れ狂う尿意に歯止めが利かなくなりました。結局、受験教科5科目のうち4科目で中座してトイレに駆け込み、試験中も全く集中できず、試験は終わりを迎えました。
合格発表当日、当時はネットでの合否発表などありません。受験した高校に赴き封筒を手渡しで受け取ります。合格者はその後手続き案内がある為、少し分厚い封筒。不合格者は不合格通知があるのみなのでペラペラの封筒を受け取ります。封筒を受け取った瞬間にわかりました。自分は不合格なのだと。
仲の良い友達と一緒に受験しており、その友達は合格。帰り道いろんなことが頭をグルグル巡りながらも、必死に堪えていた緊張の糸が、中学の担任に報告した瞬間に切れて涙が止まらなくなりました。嗚咽が止まらず、立っていることすらままならない状態になったのは、自分の人生の中でその時だけです。
挫折の経験その2 大学受験
滑り止めで入った私立高校は大学付属の高校で、エスカレーターで大学に進むこともできましたが、自分のプライドを掛けて他大受験を選びました。ところがどこにも受からず、ちっぽけなプライドはあっけなく砕け散り、浪人が確定します。
原因はわかっていました。自分の頭の片隅にあった「自分は他の人と違う、自分は勉強ができるのだ」という根拠のない思い込みに縛られて、基礎を蔑ろにして応用に飛びつくことを繰り返し、勉強しても身に付いていなかったのです。その証拠に勉強を始めた高校3年生の7月から、受験直前までずっと模試の偏差値は50にも届かず、伸びることはありませんでした。
浪人が決定し「自分は特別な存在ではない、今の自分はバカなのだ」と初めて自分の自惚れに気づきました。そこで意識を改め、基礎の基礎から実直に、そして生活の全てを勉強に注ぎ込みました。浪人して迎えた春・夏の模試で偏差値が60を超えても「まだまだ現役生が本気を出していないからだ」と過信せず、偏差値70を超えてもひたすら勉強に勉強を重ねました。少しずつ自信も付き、志望校合格も十分狙える水準までになりました。
そして志望校受験当日。今度はカフェインを控え、尿意は問題ありません。大学受験は他大学の受験で場慣れすることもできて緊張もそこそこに抑えることもできました。
しかしまたもや悲劇が起きます。それは僕の大好きな数学の試験の時のことです。試験開始とともに試験問題を一通り確認します。するとあら不思議、僕の苦手分野が前半に、得意分野が後半に固まっているではありませんか。実は、当時の僕の第一志望の大学では足切り制度があり、前半戦で一定の点が取れなければその時点で不合格確定で、後半戦は見てもらえません。それでも必死に解きますが、どう見ても前半はイマイチ、後半はピカピカの結果で足切り通過を祈るしかない状態が精一杯でした。
結果はあえなく撃沈。
高校受験の時のように涙腺が崩壊することはありませんでしたが、またもや自分自身に失望し、最大限にサポートしてくれた両親への申し訳なさで消えてなくなりたい思いでした。
それからの人生で「第一志望の高校に合格していたら、第一志望の大学に合格していたら、もっと違った人生だったんじゃないか」こう考えた回数は本当に数え切れません。
受験から15年以上経ちますが、社会人ながらも再度受験をやり直す夢や、当時に戻って仮面浪人をしている夢を月に1回程度見たりします。
挫折経験から学んだ就職活動と教訓
高校受験、大学受験での失敗はどこかで挽回しなければなりません。そう、就職活動です。ここでは大学受験の時に学んだ「自分は特別という思いを捨てる」ようにし、客観的に自分がどう見えるか、何をしたら採用してもらいやすいかを考えました。結果的には自分が行きたいと思っていた会社2社両方から内定をもらえ、成功と言える就職活動にできました。おそらく、受験での失敗がなければ「自分は特別だから大丈夫」と対策を怠り、ダメダメな就職活動になっていた可能性も高いと思っています。
また、大きな失敗を経験したからか、就職活動における失敗(=お祈り)をそこまで引きずることもなく乗り越えることができました。今ではそのようにポジティブに考えることができていますが、その思考のきっかけになった本を紹介します。
幻冬舎社長の見城徹さんと、サイバーエージェント社長の藤田晋さんの共著「人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」の中で、見城さんが仕事や人間関係で窮地に立たされていた過去の話があります。その時伝説のギャンブラー阿佐田哲也さんから投げかけられた言葉がこちらです。
見城君、君は10万円を持って競馬に行くと、99,900円を失ったら『負けた』と思う人なんだよ。でも、100円あったら、まだ勝負はできる。君は若くて、才能があるけれど、結論を早く出しすぎる。それが君の欠点だよ。100円が残っている限り、それはプロセスであり、勝ち負けでもない
『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』 見城徹・藤田晋
つまり、「負けている」という現在進行形の状態はあくまでもプロセスであって、「負けた」という結果ではないということです。人は誰でも直面している状況のみに脳を占有され、視野狭窄になりがちです。僕もそうで、受験で失敗した時には人生の終わりかのように感じていました。ですが、一歩でも二歩でも引いて俯瞰的に物事を見ることで、直面している状況が全てではなく、余白がたくさんあることに気づきます。「簡単に物事を諦めない」、これも大事なことですが、「落ち着いて一歩引いて見てみる」、これもとても大事なことだと思っています。

キャリアにおける失敗とは?成功とは?
今読んでいただいている方の中には、就職活動や転職活動が上手く行かず、行きたい会社に入れなかったという人もいると思います。それも先ほどと同様の考え方で、少し俯瞰してみると、人生単位で成功だと思えるような人生にできれば、挫折や失敗はプロセスに過ぎないと、見方を変えることができます。今は終身雇用が絶対の時代ではないので、必要であれば転職も一つの選択肢です。
ただし、キャリアを考える際には少し注意が必要です。高校受験や大学受験と異なり、何をもって成功と考えるか、一律の正解はないからです。行きたいと思って内定をもらえた会社に行ったとしても、働いてみたら自分の価値観と合わなかったということだってあり得ますし、その逆で、自分の志望度が高くない会社であっても働いてみたら自分に合っていたということもあり得ます。
キャリアにおいて大事なことは2つあります。
1つは自分の価値観を明確にして、価値観に合うような会社で働くことです。1日のうちの大半の時間を費やす仕事において、自分が重要視している価値観にハマっているかいないかの差は極めて重要です。
自分の価値観で何を重視すべきか定まっていない方は、こちらの記事をご覧いただき、まずは価値観について考えてみることをおすすめします。

もう1つは、簡単に成功や失敗を判断しないことです。自分の価値観に合った会社に入ることは大事ですが、何の不満もない、100%自分にピッタリな会社など世の中にはありません。それは会社は人の集合体の組織で動いていて、時代や環境の変化に伴って変わっていくものだからです。さらには自分の価値観も変わっていくものなので、2つの変化が同時に一致するとしたら、自分1人の会社を作るしかないでしょう。
そんな中で大事になってくるのは、簡単に成功や失敗を判断せず、選んだ道を成功・正解にすることです。「置かれた場所で咲きなさい」という言葉の前に「置く場所を考えなさい」とは思っていますが、自分にとって苦痛ではない環境に身を置けたのなら、そこから先は「置かれた場所で咲くこと」だけに集中すべきです。
まとめ
- 何か失敗や挫折があった時には、一歩引いて俯瞰してみることで、その失敗がプロセスに過ぎないと転換ができる。
- キャリアにおいても同様であるものの、キャリアは成功、失敗が判断しにくいもの。①自分の価値観を明確にして自分に合った会社で働くこと、②会社選びに奔走しすぎずに、選んだ道を成功・正解にすることが大事
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