リスキリングの落とし穴|資格を取る前に考えるべき「目的」

メガバンクで営業、ネット系事業会社で金融事業開発、外資系コンサルで金融機関コンサル、三社三様で金融に関わり続けている金融マン、Keijiです。

近年、「リスキリング(Reskilling)」という言葉を耳にする機会が急激に増えました。経済産業省では「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」によりリスキリングをして転職をした場合の補助金制度を始めとする、社会人の学び直しを後押しする施策を次々と打ち出しています。企業もまた、社員のデジタルスキルやマネジメント力向上に向けた研修制度を拡充し、転職市場でも「学び続けているかどうか / 成長し続けられるかどうか」が評価される時代になりつつあります。書店にはリスキリング関連の書籍が並び、SNSでは「この資格を取ったら稼げる!」という投稿が日常的に流れてきます。

そうした空気のなかで、どこか焦りを感じている人も少なくないのではないでしょうか。

会社からリスキリングを奨励されているけれど、何をやればいいのかわからない…
これまでも、会社から「取れ」と言われた資格を取ってきたけど、何の役にも立っていない…
周りは色々なスキルを身につけていて、取り残されたようで焦る…

そんなプレッシャーのなかで、プログラミングやデザイン、英語など、スキルの「習得自体」が目的になってしまっているケースも多く見受けられます。その結果、たくさんの資格は持っているけれど、あまり役に立っていないし、中身は全て忘れてしまった、という人にこれまで何人も出会ってきました。

ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。

「自分は、何のために学ぶのか?」

本来、学び直しとは、自分のキャリアをより良い方向に進めていくための手段であるはずです。にもかかわらず、目的がないまま周囲に流されてスキルを身につけようとしても、努力は続かず、結果的に何も変わらない——そんな“リスキリング疲れ”に陥ってしまう人も少なくありません。

この記事でお伝えしたいことは明確です。
リスキリングはあくまで手段であり、本当の目的は“自分が望むキャリアを描き、そこへ向かって歩むこと”この軸がなければ、どれほどスキルを増やしても単なる”広く薄く知っているだけの人”や”資格ホルダー”で終わってしまいます。

目次

リスキリングが求められる時代背景

まずは、リスキリング、リスキリングと叫ばれるのはなぜか?その背景について触れていきます。ここで取り上げるポイントは「生産年齢人口」、「日本人の自己投資」、「デジタル化、AIによる影響」の3点から考えてみることにします。

生産年齢人口の減少

15歳から64歳のことを「生産年齢」と言い、該当する人口を「生産年齢人口」と言います。日本の少子高齢化進行に伴い、2020年から2050年までの30年間で生産年齢人口が約2/3まで減少する予測を総務省が出しています(令和4年版高齢社会白書

総務省『令和4年版高齢社会白書』

これはつまり、日本全体で見た場合に1人あたりの生産性を今の約1.5倍にしないと現状維持すらできないということです。企業としても、採用に課題を抱える会社が急増している中でも事業を拡大させ続ける為には、従業員1人1人の生産性を上げることが必要だというのは理解できるかと思います。

自己投資(自己研鑽や自己啓発)を行っていない人が半数超

一方で、日本では半数超の人が自己投資を行っていません。諸外国と比べても圧倒的で、「真面目で勤勉な日本人」はあくまでも「会社の中でだけ真面目に仕事をする」状態になってしまっていると言えます(グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)

パーソル総合研究所『グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)

これは「日本人が怠惰だ」ということではなく、日本特有の終身雇用制度等により「一度企業に入れば、よほどのことがない限りは職を変えない」という風土・風潮の影響も大きく影響しています。ただ、足元では終身雇用制度は崩壊しつつあり、メガバンクも中途採用枠を急拡大させている状況です。自分を磨いて、自分という商品を買ってもらう(=雇用してもらう)というジョブ型やスキルベース型の雇用の流れは今後進んでいくことも予想されます。

デジタル化とAIによる職業構造の変化

加えて、デジタル技術の進展とAIの普及は、労働市場に大きな変革をもたらしています。世界経済フォーラムの報告によれば、テクノロジー関連職種の需要が大きく伸びる一方、事務・秘書系職種はデジタル化やAIの影響を受け、需要が減少することが予想されています 。このような変化に対応するためには、新たなスキルの習得が不可欠であり、リスキリングの重要性が増しています。

成長する職種

World Economic Forum『The Future of Jobs Report 2025』

衰退する職種

World Economic Forum『The Future of Jobs Report 2025』

全てが代替されなくとも、一部が代替されることはどんな職種においても起こり得ます。営業であれば、契約書類の約定や管理、案件管理等。コンサルであれば論点出しや論点整理、簡単な資料作成等。そういう意味においてはデジタルやAIをうまく使って協力関係で共存していくことが、これからより一層求められます。

リスキリングの重要性が叫ばれた結果、今何が起きているか?

ここまでの説明で、なぜリスキリングをするよう政府が促し、なぜ企業はリスキリングを推奨するのか、なんとなくわかったかと思います。「現状維持は退歩なり」とよく言うように、今までと同じことをやって、変化せず満足していたら、いつの間にかAIなどの機械に代替されて、取り返しのつかないことになりかねません。

そのように力説する企業や有名インフルエンサーも増えてきた影響か、リスキリングという言葉の浸透とともに、自己投資に取り組む人も増えてきているように感じます。一方で、学びの『目的化』という新たな問題が生まれつつあります。本来は「自分のキャリアや理想の生き方を実現するための『手段』」であるはずのリスキリングが、「とにかく何かを学ばなければ」という焦燥感と結びつくことで、学びそのものが『目的』になってしまっているのです。

目的化したリスキリングの例 ── とりあえずプログラミング、英語、資格…

その一例が、「とりあえずプログラミングを学んでみた」「英語を話せるようになろうとTOEICの勉強を始めた」「何か資格を取らなきゃと思ってFPや宅建を勉強した」という人たちです。共通するのは、「なんとなく将来に不安だから」「周囲も勉強しているから」「今後必要になりそうだから」というリスキリングを始めた理由です。その結果、モチベーションが続かず途中でやめてしまったり、せっかくスキルを身につけたのに活かせずに終わってしまったりするケースです。

実際、「学んだことを活かす場がない」「転職活動でどうアピールすればいいか分からない」といった悩みを抱える人は少なくありません。スキルは増えたのに、キャリアの手ごたえは感じられない。むしろ「自分は何をしたいんだっけ?」という根本的な迷いが浮き彫りになることもあります。

僕自身、まさしくそんな迷い子だった経験があります。「なんとなく将来はアナリストになりたいから、証券アナリストの勉強をしよう」、「仕事で使いそうだし、会社から推奨されているから宅建取っておこう」、「何やるか迷ったら英語だって言われてるから、英語勉強しておこう」そんなノリで、試験を突破して満足し、全て忘れ去る。その繰り返しで、結局自分の将来についても何の考えもない。

スキルを目的化させないためには

スキルはあくまで手段です。自分が目指すキャリアや生き方があってこそ、その手段に意味が生まれます。ところが、「方向性が決まっていないまま、学びだけを積み上げてしまう」ことは、まるで地図を持たずに旅に出るようなもの。どれだけ足を動かしても、どこに向かっているのか分からなければ、不安だけが募り、やがて疲弊してしまいます。

スキルを目的化させず、手段として活かす為にはどうすればいいのか?スキルが手段であるならば目的は何なのか?その答えが冒頭でも述べた通り、“自分が望むキャリアを描き、そこへ向かって歩むこと”だと考えています。では、自分が望むキャリアとは何なのか?少し考えてみたいと思います。

「何をしたいか」ではなく、「どんな自分でありたいか」

キャリアを考えるとき、「何をしたいか」で思考が止まってしまう人は少なくありません。しかし、「何をしたいか」を明確に持てている人など世の中ほとんどいません。北野唯我さんが書かれた『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』の中のキャラクター黒岩は以下のように言っています。

to do(コト)に重きをおく人間・・・何をするのか、で物事を考える。明確な夢や目標を持っている

being(状態)に重きをおく人間・・・どんな人でありたいか、どんな状態でありたいかを重視する

「実際のところ、99%の人間が君と同じ、being型なんだ。そして、99%の人間は『心からやりたいこと』という幻想を探し求めて、彷徨うことが多い。なぜなら、世の中に溢れている成功哲学は、たった1%しかいないto do型の人間が書いたものだからな」

「being型の人間は、ある程度の年齢になった時点から、どこまでいっても『心から楽しめること』は見つからない。だが、それでまったく問題ない。それは、何を重視するかという価値観の違いであって、妥協ではないからだ。bein型の人間にとって最終的に重要なのは『やりたいこと』より『状態』だからな」

北野唯我『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』

つまり、大事なことは「何をしたいか」よりも「どんな自分でありたいか」という視点です。例えば、「多方面の知識と業務を習得し、周りから『困った時にはまず相談できる存在』のポジションを確立する」や「仕事はそこそこに、自分の趣味などのプライベートを充実させた生活」など、自分が大切にしたい価値観や在り方から考え始めると、進むべきキャリアの方向性が少しずつ見えてきます。

このように、自分の内面に根ざした理想の姿があるからこそ、その実現に必要なスキルや知識が意味を持ちます。

自分のありたい姿を明確にするために

自力で「こうなったらいいかなあ」と考えることにより、ありたい姿を鮮明に描けて、大事な価値観が浮き彫りにできる方は、ぜひやってみてください。

自力でやるのが難しいという方は、こちらの記事で理想の将来像の見つけ方を解説していますので是非ご覧ください。

大事になるのは自分との対話です。多くの人は、働き始めてから周りや環境の要望・要求に応えることを優先して常識や固定観念が形成されていきます。例えば、「〇年目までに昇進しないといけない」、「〇歳までには家を買った方がいい」、「年収は〇円以上、保有資産は〇円以上あった方がいい」といったものです。

その結果、世間体や一般常識に縛られて、「自分の本音」が見えなくなってしまうのです。そして「自分は何が好きだったのか?」、「何をしている時が楽しくて無我夢中になれるのか?」など思い出そうとしても、思い出せなくなってしまう状態に陥ります。

キャリアマップを作る過程で、自分と向き合って、十分に対話してみてください。

自分で理想像を描くのが難しい人へ ── コーチングという選択肢

とはいえ、

自分1人ではなかなか十分に深掘りできない
やろうやろうと思いつつも、ズルズル癖が出てしまう

という方もいると思います。自分自身とキチンと向き合うなんて、普段の仕事や生活の中ではあまりすることがなく、就活の自己分析以来だという方も多いのではないでしょうか。

そんな方はぜひ、コーチングを受けることをオススメします。コーチングは「相手の中にある答えや価値観を引き出す」ことを可能にする対話の手法です。コーチはアドバイザーでもカウンセラーでもなく、クライアントの思考や感情、価値観を探るパートナー。直接的に「こうすべき」「これが正解」といった答えを提示することはしません。「あなたはどう思いますか?」「何が気になりますか?」という問いを重ねることで、自分でも気づいていなかった本音や可能性に光を当てていきます。

もう少しコーチングについて知りたいという方は、ぜひこちらの記事をご覧ください。

一人では気づけない”問い”に出会えるメリット

コーチングが一人での思考整理と異なる最大の点は、「自分では絶対に投げかけない問い」に出会えることです。

たとえば、「もし今と全く違う人生を歩めるとしたら、どんなことをしてみたいですか?」「その感情はあなたのどこから湧いてきますか?」といった質問は、自分の“当たり前”を揺さぶる力を持っています。こうした問いを通じて、自分が無意識のうちに形成されていた思い込みから抜け出し、新たな視点を手に入れることができます。

これらの問いは、コーチがあなた自身の話を丁寧に聞いた上で、その人に合った角度で投げかけてくれるからこそ意味を持ちます。テンプレートではなく、“あなたのための問い”であるからこそ、深い気づきにつながるのです。

まとめ

  • 日本規模においては、生産年齢人口の減少により、1人あたりの生産性を高めることが求められている。一方で、自己投資(自己研鑽や自己啓発)を行っていない人が半数超で、日本は自己投資後進国。加えてデジタル化とAIによる職業構造の変化により、変化に対応する意識と行動がなければ、自分の仕事が取って代わられてしまう未来が待っている。
  • しかしながら、リスキリングが目的化し、「スキルを身につけたり、資格を取ったは良いけど何も活かせない、何も変わらない」という人が急増している。
  • スキルを目的化させず、手段として活かす為には“自分が望むキャリアを描き、そこへ向かって歩むこと”が大事。その為には自分と対話して、自分はどうありたいのかを明確にすることが必要。

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